先日発表された芥川賞で残念ながら受賞を逃した向坂くじらのデビュー作。
こんがらがりそうなタイトルが示す通り、主人公の複雑な心情が巧みに書かれています。
ただ、複雑でありながら、依存や自己同一性などを巡る苦悩や諦念は、
純文学を愛する人にとってはすごく親しみやすい感覚で、
きっとその複雑さを楽しめる読者は多くいると思います。
移ろう気持ちとその裏に見え隠れする暗い感情が丹念に織り込まれ、
個人的には少しわかりづらかった観念的な部分を乗り越えるだけの魅力に溢れていました。
きっとこんな風に厄介な方へ転がっていくのだろうというやや意地悪な期待に
しっかりと応えた上で、ぐいぐいのめり込ませる描写は見事でした。
ただちょっと残念だったのが、あと10頁くらい読みたい感覚を残して小説が終わってしまうこと。
その先が読みたかったのに、という気持ちが消えず放り出されたような感覚。
きっと作品として見れば余韻、ただ一読者としては唐突な終わり。
楽しく読んでいただけに、もう少し小説の中で起きている出来事を追って欲しかったです。
とはいえ、純文学ファンをぐっと惹きつける魅力がある小説でした。
もう少しと願ってしまったのも小説に夢中になっていた証かもしれません。
きっとこれからも芥川賞候補に入る作品を書いていく作家なのだろうと感じました。