ソール・ライターの写真を用いた表紙に惹かれ、手に取りつつも、
何だか田中慎弥らしくないタイトルだな、と思いました。
その印象は、序盤を過ぎた頃、いつの間にか消えていました。
芥川賞作家の著者本人を思わせる四十代の大きな賞を獲った作家と、
女子大生の不思議な出会い。
どこか軽薄でありきたりなものが始まりそうな悪い予感は、見事に払拭されました。
随分年齢の離れた人間に自らの過去を語る。
そうして、年齢差や性差からのギャップや思い込みに対する手厳しい指摘が、
現在、目の前にいる大学生から入る。
語りが過去と現在を行き来する内容にも関わらず、明確に頭に入ってくるのは、
主要人物のキャラクターがはっきりとした輪郭で描かれているおかげもあるでしょう。
田中慎弥の持前の魅力に、新たなキャッチ―さが加わって、
どんどんと読み進められます。
私のような、小説を愛する青年だった四十代、尚且つ自分の読書習慣を
どことなく鼻にかけていたような人間には、
強めに胸を引っ搔いてくるような小説でした。
多くの人がイメージするような恋愛小説でも犯罪小説でもありません。
しかし学生の頃に小説を好んだ人には、この本に書かれた痛みや臭いに覚えがある方もいるでしょう。
川端、三島を愛読した方に特におすすめです。