桜庭一樹の自伝的小説集。
三篇収められており、表題作「少女を埋める」があって、
その作品を巡る騒動の顛末と日々の心情を描いたような「キメラ」と「夏の終わり」が続くような構成。
「少女を埋める」という小説は、
小説家である主人公が父の最期を看取るために、コロナ禍の鳥取に帰省する展開。
自身と母との間にある心の隔たりのようなものや、想いを巡らせる中で気づく父と母の関係性の変化、
家族で通じ合う心情や、それでも踏み込めない領域が描かれています。
また田舎の風土や空気感、もっと厳然と存在する風潮も感じられます。
私もまたコロナ禍の最中、田舎に住む父を亡くしました。
都会からの来訪者に過敏になってしまう当時の地方での状況等、
その頃のことを思い出し、非常に心が動きました。
自分や誰かの心に対し、感情と論理で向き合おうとする主人公の姿勢に寄り添うように、
私はこの小説を堪能しました。
しかし、この小説は、作家の意図しない形で世間の注目を浴びてしまいました。
記憶に強く残っている方も多いのではないでしょうか。
朝日新聞の文芸時評に、誤った読みをもとにした、誤ったあらすじを掲載されたがために、
作者の母について誤った認識が田舎で広がる可能性が出てしまったのです。
「キメラ」「夏の終わり」には、この辺りのことが理知的に書かれています。
言葉を生業にする人間同士でも噛み合わない対話の様子は恐ろしいです。
伝えたいことや持論から逆算して、読んだ小説を論の肉付けのためだけに成形するような行いは、
私には小説に対する暴力にも感じられました。
この本は、小説を書いたことがある人、作品論を書いたことがある人、
あるいはそれらの真似事をしたことがある人に是非読んで欲しいです。
こんな風に読書感想文のようなものを綴っている自分にとっても、
誠実さについて考える契機になりました。
ちなみにこのサイトはこちらのサーバーを利用しています。サイト開設にご興味がある方、どうぞ。