私が読んだ岩波書店CoffeeBooks版の「幼なじみ」はなかなか書店で見かけないかもしれません。
文庫版の「花のようなひと」に併録されているようです。
あれ、佐藤正午のこんな薄めの本って知らないなぁ、と思って手に取りました。
挿画がふんだんに挟まれていることもあって、
ものの数十分で読むことが出来ましたが、読書にかかった時間を大きく上回って、
長い間、胸の中でこの小説が居座るような感覚でした。
ものすごく大きな出来事が起きる小説ではありませんし、
激しい愛も深い憎しみも描かれているわけではありません。
しかし、抑制された少し歪でどこか品のある感情が作品から伝わってきて、
本を閉じた後もつつましく、心に残っているんですよね。
有名な作品が多い作家ですが、
佐藤正午ファンの方、もしまだこの本をご存知でなかったら読んでみてください。
ありふれた人物が胸に仕舞い込んで誰にも明かす機会のなかった思いを
静かに語ってくれているような、じわりと心が湿っていく感覚がありましたよ。
挿画も存在感があるのに、主張し過ぎず小説を引き立てていて、
本として素敵な一冊でした。