芦原温泉で実際に起きた災害をモチーフにして、
作者の丁寧な取材のもと、事実と創作が見事に組み合わさり、
リアリティ溢れる小説となっていました。
作者の塩田武士が新聞記者の経歴を持っていたことは間違いなく作品に大きく影響しているはず。
小説を書くにあたっての取材もさることながら、小説内でも取材の描写が多く、
記者の経験なくして、この完成度はあり得なかったのではないかと感じました。
正直なところ、リアリティと丁寧さが、読みのスピード感を削ぐ部分はあったように思います。
少しずつ真相やある人物たちの輪郭のようなものが見えてくる様は、
緻密である一方で……うーん、じれったいのです。
しかし、ミステリーとして、この小説の焦点が事件性より人物の心情に移っていくのを感じると、
どんどんのめり込んでいきました。
料理で言えば下準備が済んで、火を通す工程で一気に香りと見た目で食欲が刺激されるような感覚。
小説の終着点は美しく、そこで描かれる心理は胸を締め付けられます。