北海道別海町出身の作家・河﨑秋子の第21回大藪春彦賞受賞作。
引きこもりがちの大学生、統率された野犬の群れ、暴虐に生きる熊、
摩周湖の近隣、人が立ち入らぬ森で繰り広げられる文字通りの肉弾戦は激しく、
その迫力に惹き込まれます。
小説序盤は、心に傷を抱えて癒されぬまま人と距離を置く息子と、マッチョな思想と趣味に生きる父の
相容れない関係性が描かれています。
親子二人での狩猟目的の旅は当初、気まずくも発見や知見に満ちているように思います。
しかし、摩周の山に踏み入ったところから小説の描写は迫力を増し、
精神と肉体が緊張状態を強いられ、主人公の在り様が変遷していく様子が本当に面白い。
一矢報いること、ただ生き抜くこと、欲に従うこと、行動原理も山で暮らす経緯も異なる
生き物たちがそれぞれの肉体をぶつけ合って、相手を屈服させんと駆け回ります。
その様子をしっかり書き切ることによって当然、惨い描写もあります。
受け付けられない人もいるとは思いますが、しかし、決して暴力や残酷さを
見せつけたいだけの露悪的な小説ではありません。
カルデラの地熱が伝わる自然の中で、削り取られる肉体と磨り減る精神、怒りに奮い立つ心を
見事に描いた作品です。
読者にも興奮と変化をもたらす強い力を持っている小説だと思います。
実は私の故郷はこの小説の舞台とかなり近く、子供の頃に見た記憶のある景色も書かれていました。
美しさも厳しさも自然の一部であり、それらは表裏一体、
厳しいからこそ保たれる美しさもあるのだと感じています。
先頃、直木賞を受賞したことでも著者に対する注目が集まっているかと思いますが、
過去作であるこの「肉弾」、面白いので興味のある方はぜひ読んでみてください。