リアルタイムで新作を待ち遠しく感じ、出版されれば即座に読むことが出来る、
そういう作家の存在は自分の中で大切にしたいと思っています。
どう足掻いても夏目漱石や芥川龍之介の新作を読むことは叶わないわけで、
そう考えると同時代性を感じつつ、村上春樹の本を手に取ることが出来るのは
かなりの幸運だと個人的には思っています。
好き嫌いはともかく、数十年先に学校で習う文学の歴史で、
太文字で記される作家だと思うんです。
もしかしたら既に教育現場ではそういう存在なんですかね?
あるいは数十年先には文学自体が力を失っているような暗い未来が待っているのかもしれませんが……。
とはいえ、正直なところ、ここ最近の作品については楽しみ切れなかった感覚がありました。
小説内で、もしかしたら作家本人の中で重要な意味を持つのであろう事柄を感じ取っても、
読んでいる自分にはどうにも意味の大きさを掴めないまま
最後のページを捲ることが幾度か、ありました。
とはいえ、新作が出れば読みたくなるのは、この作家の文章がこの上なく魅力的だからです。
さて、2024年春の時点での最新長編であるこの作品、
読んでいると「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を思い出すのは、
この作品を巡る経緯からは当然ではあるのでしょうが、
やっぱり数十年来のファンからすれば嬉しいものです。
しかし、では昔の作品の単なる焼き直しになっているかと言うと、
勿論そんなわけはありません。
これは私の勝手な感覚ですが、過去にも成功している魅力的な構造で、
ここ最近の主題に近しいものが書かれているように思いました。
その構造と内容の組み合わせによって、
ここ最近の作品ではしっくりきていなかったものが胸に落ちてきたように感じられたのです。
読み終えるのが寂しい、作品の世界から離れることが惜しい、そんな思いも湧きました。
しばしの間、村上春樹作品から離れていた方に是非おすすめしたい一冊です。
こういった作品が年齢とキャリアを重ねた作家から繰り出されたということに
ファンとしても、ただの文学好きとしても、嬉しさを感じました。
ボリュームがある分、それなりに値の張る本ですが、それだけの満足感があります。