• 四十代夫婦が綴る書評と雑記
Blue [ 川野 芽生 ]

歌人でもある川野芽生による第170回芥川賞候補作。

この小説、物凄く感情を揺さぶられる作品でした。

題材や内容としても、構造としても惹き込まれました。

個人的には小説の中に物語が内包されている造りが苦手で、

そういう作品にはうまく入り込めないことが多いです。

この「Blue」という作品、前半部分がまさにそういった構造で、

演劇部を舞台としていて、上演予定のアレンジされた「人魚姫」の脚本も綴られています。

正直なところ、前半部分、面白いけれども興味が途切れるような印象がありました。

人魚姫のアレンジはこの小説の在り様と密接に関わっていて、

挿し込まれるのは不可欠だとも感じるので、これは単純に私の好みの話です。

そのため、読むのを途中でやめようかなと思ってしまったのですが、

やっぱり引っかかる部分があるんですよね。

何だか強烈に面白くなりそうな気配がずっと漂っているんです。

経験的にこういう期待や予感って、無視しない方が良い。

この本もそういった予感に衝き動かされて読み進めると、やっぱり当たり。

後半から一気に惹き込まれて、頁を捲る手が止まらず、相当なスピードで読み切りました。

この前後半制のような構造、まんまと魅了されました。

とても雑に分類してしまえばこの小説はトランスジェンダーを取り巻く問題を扱った作品です。

しかし、こうして雑に分類するという行為や認識こそが、

誰かの心を傷つけたり生活環境を損ねたりするのかもしれません。

トランスジェンダーという言葉とざっくりとした知識だけを知って理解した気になっていると、

多様な在り様に寄り添ったつもりで結局は両手で収まる数の枠に人間を押し込んでしまう。

この作品にもとても理解があると自認していそうな人物が、その理解の質や深さで

主人公に強烈な隔絶を感じされてしまう場面があります。

そうしてそんな主人公にも認識や理解の枠のようなものはあって、

小説は公平に露わにしていくのです。

私も多様化の時代に暮らし、様々な小説や映画等に触れて、理解した気になっていました。

しかし、実際には昔に比べて幾つか心の中に枠を増設しただけで、そこにあれこれ分類して

押し込んでいるだけなのかもしれません。

そんな風に自分の心を俯瞰で見つめたくなる印象深い作品でした。

芥川賞候補作になったことで記憶に残っている方、気になっていた方も多いと思います。

是非読んでみてください。

そして私のように、前半部分で少し気が削がれてしまった方、読み進める価値がある小説ですので、

是非もう少しだけ読み続けてみてください。


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