ロックバンド、クリープハイプのボーカルである尾崎世界観の初小説。
「祐介」文庫化に際し、短編「字慰」も併録。
まず「祐介」は私小説風に書かれた作品で、尾崎世界観の本名が「祐介」であることは、
踏まえて読まれるべきであると思います。
無論、作者と作品は切り離して捉えられるべきですが、ここまで意識的なタイトルにするからには、
小説家としてもソングライターとしても意図があるはずです。
どうしようもなく夢に縛られて、うだつの上がらぬ日常を描いた今作は、
その端々に毒っ気のあるユーモアと観察眼、説妙な表現力が散りばめられています。
例えば町田康や西村賢太が先達として思い浮かぶ、この作風に、
明確にバンドマンである尾崎世界観が書くことの意味と魅力が存在しています。
そして書下ろしであるスピンオフ短編「字慰」、これが素晴らしいです。
「祐介」に登場する人物が主役ですが、この短編だけでも成立する魅力があります。
題材としてはやや気持ちの悪いものかもしれませんが、
爽やかさの欠片も無いのに、妙な清々しさすら感じます。
ぶっ飛んでいるのに、現実感があるんですよね。
日本アカデミー賞では最優秀作品賞こそ逃したものの、多くの映画ファンに評価される「百円の恋」。
その主題歌がクリープハイプの「百八円の恋」でした。
消費税の存在と、映画主題歌であるということを意識的に取り込んだ、とてもかっこいい歌です。
私はこの歌を聴いて以来、尾崎世界観の詞に惹かれてきました。
同じようにクリープハイプの音楽に魅力を感じた人の手に
この作品、特に文庫版の方が届くと嬉しいです。