日本で一番有名と言っても過言ではない作家、夏目漱石の著作を漫談形式で論じる文学評論。
いとうせいこうと奥泉光のコンビが開催している講演「文芸漫談」から漱石作品を扱った回を集めた本です。
私は学生時代、文学部で学んだので小説に関する論文を読む機会が多かったんですが、
そういったものを読むのってなかなか疲れるんですよね。
いくら自分が好きな作品でも、作品論まで読んだことがある人って少ないのではないでしょうか。
でも、この本は「漫談」と銘打っているだけあって、二人の丁々発止な遣り取りを楽しんでいるうちに、
しっかりと作品の読み方、捉え方について新たな発見が得られます。
扱われているのは『こころ』『吾輩は猫である』等の超有名作から、『行人』『坑夫』のような
漱石の中では少しマイナーなものまで八作品。
漱石の作品を論じる時には、近代知識人の孤独といったような言葉がよく使われますが、
この本で言及されている「人とコミュニケーションして、失敗しちゃう孤独」という捉え方は、
非常に面白いです。
孤独の性質を意識して読んでみると、ぼんやりとしていたものが輪郭を持って見えてきます。
夏目漱石という作家への尊敬を込めつつも、その人間性や作品のへんてこな部分も
面白がって親しんでみるという姿勢は、読書や研究への敷居を低くしてくれます。
何となく大作家、文豪といったイメージの人物ですが、
本来は人間味があって、突飛だったり大胆な部分もある面白い人間だと思うんですよね。
文学部でやや頭でっかちになっている学生にも、何となく誰かの感想を聞きたいと思っている人にも、
何なら漱石の小説なんて数十年前に読んだっきりだなって人にも、おすすめの一冊です。