ブレイディみかこさんによる小説。
ドラッグに依存する母と、幼く繊細な弟と共に暮らす14歳のミアが主人公です。
家は貧しく、頼りにはならない母の代わりに、彼女が弟の世話も一手に引き受けている現状。
そんな苦しい生活の中、手にした一冊の本、カネコフミコ(金子文子)の自伝が
彼女の心に変化をもたらし、同級生ウィルとの関わりにより、表現の面白さにも惹かれていきます。
しかし、彼女の生活は依然として辛いもので、その心が押し潰されていきます。
金子文子といえば大正時代のアナキストですが、本書で取り上げられている自伝部分には、
その政治的活動の面は書かれておらず、幼少期の辛い日々の述懐がほとんどです。
子どもは親を選べない、という厳しい事実に苦しめられるカネコフミコとミアたちの描写は、
とてつもなく切なくて、胸が苦しくなります。
ヤングケアラーという言葉がニュースで聞かれるようになったのはさほど昔ではありませんが、
この小説に書かれている姿は、リアリティがあり、暗く閉ざされた生活は彼女の自由を奪っています。
ミアが担わされているものは本来、当然ながら大人が背負うべきものです。
舞台はイギリスですが、当然、この悲しい事態は日本でも起きていますよね。
この小説に書かれていることだけではなく、仕事で追い詰められていたり、
学校で酷い目に遭い続けていたり、人間関係で思い悩んでいる人たちはたくさんいるでしょう。
そんなに辛いなら逃げだせば良い、なんて識者とされる人々は言うけれども、
その選択すら浮かばないほど思いつめていたり、
あるいは逃げ出せるような状況には無いことだって多々あるはずです。
そんな時、誰かの助けがあれば改善することがあるのかもしれない。
助けを求めることが出来ない状況にあって、誰かが踏み込むことで良い方向に
変わるのかもしれない。
この小説には、助けるということの意味も書かれています。
ミアと同じ年頃の子どもたちにも、
そんな子どもたちを取り巻く大人たちにも読んでみて欲しい。
でも、子どもたちとあまり関わりのないような大人たちにこそ
読んでみて欲しい、と私は強く感じました。
ニュース番組を見て知った気になっている辛い現実があって、
それを良い方向に変えるために何かをしているのか、
我が身と距離感のある物事を本当に現実として考えられているのか、
自分を省みて、心を強く動かされた一冊でした。