医師でもある小説家、朝比奈秋による芥川賞候補作。
あまり詳しく内容を知らないまま読み進めると、違和感を覚えて、
その理由が明かされると設定に一気にのめりこみました。
ここから未知の感覚、無二の生活が綴られるのだろうな、と期待が膨らみました。
しかし、語られる日々は想像からさほど乖離したものでもなくて、
意外なほどに世間で体感するような無遠慮や排他と地続き。
この世間との関わり方が、特殊な身体を持つ在り方にリアリティを付していて、
期待と違う感覚ではありますが、小説が現実と隔たりのない場所で妙な魅力を放ちます。
父と伯父の関係は象徴的に書かれていますが、
主人公たちの状態との関連はさほど言及されていません。
医学の知識を持たない素人からすれば遺伝的な要素を感じざるを得ませんが、
そこを明確に書かぬところには医学的見地からの妥当性や誠実さ、慎重さが
関わっているのかもしれません。
また著者が医師であることは意識に関する記述で強く作用しているように感じましたが、
この辺りが読んでいて、どうにもしっくりきませんでした。
読み進める中で興味を惹かれる部分と、小説が目指す先が離れていて、
未練のようなものが残っていく感覚でした。
結果、序盤でこの強く訴えかける設定に期待したものはあまり満たされませんでしたが、
細かな会話や小さな描写は面白く読みました。
混乱を招かないギリギリの混濁した文章も、意図性があり魅力的でした。
世代的によく知る有名な方々に関する記述もあり、
故に読み進める中で膨らんだ想像や好奇心がありました。
主人公たちの意識が深く描かれるにしたがって、私の没入感はやや薄れてしまいましたが、
その辺りがマッチする方が読むと小説の魅力は増大するはずです。
読まれる方はあまり予備知識無しでこの小説に臨まれるのが良いと思います。
こんな風に感想を綴りましたが、設定に関する決定的な記述は避けたつもりですので、
どうぞ手に取られる方はその辺り、気を付けて読んでみてください。