サブカルチャーというものについて考えると、
漫画自体がサブカルチャーである上に、
その漫画の中でもさらにサブカル的な潮流のようなものはありますよね。
例えば「ONE PIECE」や「のだめカンタービレ」はサブカルっぽくないが、
「ピンポン」や「リバーズエッジ」はサブカル、といった具合。
発行部数やファンの多さではなく、掲載された雑誌の方が決め手になっていた印象があります。
あとは私のような中年ですと、昔のヴィレヴァンに置かれていたかどうかってのも
思い返せば、わかりやすい区分。
さて、私はといえば、今例に挙げた漫画は全部読んでいるし、
ジャンプを愛読しながら青年漫画も少女漫画も読むという雑食的な漫画好きでした。

そんな私が少し格好をつけて自宅の本棚に並べていたのが、やまだないと、南Q太、ジョージ朝倉らの漫画。
性的な描写を多用し、女性の細やかな感情をさりげなくクールに描く作風のものを多く買い求めた記憶があります。
では、そういったものを好んでいたかと言うと、少し返答に窮するんですよね……。
例えば、南Q太「夢の温度」等、大好きな作品は幾つかありましたが、
内容はさほど好きでもないのに本棚に並べるインテリア的に好んでいたコミックもありました。
恥ずかしながら、それが文学部の学生しての私のスノッブな在り方だったのです。
さて、そんな私が買い求めて、長らく本棚を飾っていたこの「ペリカン通り」、久々に読んでみました。
やはり露骨に性描写があります。
若い頃に比べ、中年となった今、理解できる機微があります。
ただ、中年の自分がその感覚を欲しているわけではないというのがタイミングや成熟の難しさ。
この世界観のような生活への憧れが若い頃にはあり、
中年となった今では、この世界観で生きる人間への忌避の感情すらある。
スリルよりも安寧が、結局のところ、
健やかにカルチャーもサブカルチャーも楽しめる生活に繋がることを知ってしまった今、
こうした傾向の漫画を買い求めることは減りました。
嗜好の変化なのか、感性の衰退なのか、選ぶものは変わりました。
ただ、漫画自体は好きなまま老いていくのだろうなぁと感じています。

